さるみブログ。

勢いで書く雑記

水曜日に会いたい

黒子のバスケ』や『ちはやふる』に出てくる、青春かけて全力で部活に打ち込んでる登場人物たちを見ると、「なんのために頑張ってんの」って言いたくなる。

自衛のためだ。

そんなこと言ったことないし、言えない。

全国大会常連の部活に入りながら、朝練には片手で足りるほどしか行かないクソ部員だった私。

朝は1秒でも長く寝てたいし、がんばるとかつらいし、最低限のことはしてるから誰にも迷惑かけてないし。

めんどうなことはしない、それがいいと思ってた。

 

自分と違って同期はみんな真面目だった。

朝練は7時から、もう十分うまいのにもっと上を目指すし、ライバルの研究はもちろん、プロの演奏会にもしょっちゅう行ってた。

高校生ができうるすべてをかけて部活に打ち込んでた。

泥臭いけど最高に輝いていて、10代にしか出せないあのキラキラをまとって、本当に眩しかった。

高校生の頃の自分の向かいに立っているのは、いまさら「一緒に輝きたかった」と思ってる24歳の自分だ。

部活ものの作品を見ると、それをいやでも自覚させられる。

「もっとがんばればよかった」「青春かければよかった」

自業自得だとはわかってるけど、めちゃくちゃ抉られるんだよね。

 

結局黒子は20巻から進めないでいるし、ちはやも最新刊まで買ってあるけど5巻以上ビニールから出してすらない。

響け!ユーフォニアム』なんて最たる例で、1話冒頭で金賞は取れたけど全国には行けなくて悔し泣きしてる友人を見て、主人公が言った「本気で全国目指してたの」ってセリフ聞いて秒でパソコンの電源切ったからね。

あのセリフで、封印していた現役最後の全国大会の記憶が引きずり出された。

クライマックスが近づくにつれ、顔が歪んでいき、涙を必死にこらえながら演奏する仲間たちの顔を見た。

私は指揮者を見つめ、いつも通りの演奏をした。

もしかしたら楽しいくらいは思ってたかもしれないけど、感極まるみたいな感覚はまったく出てこなかった。

というか、泣くほど頑張らなかったから一緒には泣けなかった。

6年間一緒に頑張った仲間に対して、彼女たちの青春のすべてを見てきた自分がこんなこと言うなんて最低だと思う。

けど、だからこそ、あの全国大会の事実を無視してあの作品を見ることはまだできない。

そんな神経図太くないし、相当後悔している自分に気がついてしまったから。


この話をして、他人から「よくわからない」とか「いい作品だから見なよ」って言われるのはまだいい。

わかる、いい作品なんだろう。

いろんな人に勧められるからそれは知ってる。

けど、「そんな感覚いらないから捨てて」って言われたときはさすがにキレそうになった。

お前に何がわかるんだよ。

なんで万年帰宅部だった奴にそんなこと言われなきゃなんねーんだよ。

経験したこともないくせに端から否定すんな。

指でもくわえてスラダン読んでろ。

 

別に自分のこの感覚をわかってほしいわけでもないし、吐き出したところで何も変わらないのも知ってる、わかってる。

けど、なにかっていうとあのシーンが脳裏をよぎって、同時に「捨てろ」って言われたことを思い出してしまう。

大学時代、なるべく部活仲間に会わないようにしていたのは同じような理由だ。

会えば、自分の青春が輝けずに終わった事実を突きつけられるから。

くだらないプライドといえばそれまでだけど、私にとって彼女たちは言うなれば「ハイスクールゴースト」だった。※1

 

高校を卒業して丸6年経って、社会人になった仲間たちからあの頃のキラキラを感じることはなくなった。

いや、あの子たちがキラキラしていた事実は変わらないけど、それが自分に刺さることはなくなった。

当時と変わらずいい子たちだし、会えばあの頃みたいにギャーギャー騒げて楽しい。

彼氏ほしい/KEYくんなんていない/はしごの担々麺はうまい/客にイケメンがいる/ネイル10本5000円でこのクオリティはいい etc.

おかげさまで今じゃ「定例」と銘打って週一で飲んでる。

大学ではあんなに敬遠してたラフティングだって、スノボ(スキー)だって、自撮りだって、恋ダンスだって、全部あの子たちとならできしまった。

https://www.instagram.com/p/BR2MwqNF2Rb/

2017.03.19 いつもの構図。

部屋の隅に置いてある楽器や、年末の掃除のたびに存在感出してくる6年分の楽譜が入った箱は、変わらずそこにあり続ける。

けど、人は変わらないようで変わるし、気づかないようでそれに気がついてるんだと思った旅行だったよ。※2

 

※1 海外ドラマ『glee』のシーズン5、12話で、主人公のレイチェルが「自分はニューヨークで活躍して高校時代の自分とは別人になったはずなのに、当時彼女をいじめていたサンタナに会うと惨めなあの頃を嫌でも思い出す」と漏らすシーンを見てくれ。

※2 以上、中高の部活の同期に向けた、今週の水曜日の飲みのお誘いでした。

たぶん23歳。

まだ23歳という事実と、『東京タラレバ娘』や雨宮まみから与えられる(勝手に摂取してる)強迫観念のはざまで、漠然とした不安にかられてる。

社会人になって一気に視界が広がって、知りたいこと学びたいことと、やらなきゃいけなきことが山積みで、コツコツやるしかないのは分かってるけど社会人の一週間も一ヶ月も一年も一瞬で、早生まれの私はまだ23歳だけど同級生たちは今年にはアラサーに突入。

このブログを読んだ男友達には「相変わらずこじらせてんな笑」って言われるし、ガッキーと石原さとみの違いを熱弁してたら先輩(男)に下世話だねって言われた。

最初は「こじらせ」とか「三十路」とか、理解できちゃう自分に酔っているだけかと思ってたけど、たぶんこれは違う。

この「違う」ってのを、『タラレバ』(ドラマ5話時点)ベースで拾って書き留めてみる。

 

脚本家になりたいと会社をやめた倫子。けど全然うまくいかない。

枕で若い子に仕事を取られたと思ったらただの実力の差だったし、一念発起して書いた脚本も結局コンペで落ちた。

落ち込んでる時に出会ったもこみちを「運命の人」と思い込むことにした倫子。

「幸せになります」と高らかに宣言しながら、倫子の表情は浮かない。

その上自らの選択を「逃げる」って言葉で表現する。

きっとどこかに後ろめたさがあるからだ。

「仕事を頑張るんじゃなかったの、私」

 

もこみちに至る前に、忘れてはならないのが、2話のイケメンモデルのkeyと一悶着だ。

結局関係を持つも「次の一手が分からない」(←まさに自分もやらかした直後で個人的にこの言葉はクリーンヒットだった)

恋愛の仕方を忘れてしまったと焦る倫子。

これは仕事のことしか考えてこなかったせい、恋愛をサボったせいだと思い込む。

それ、違うと思う。

 

朝日新聞が年始から取り組んでる「女子力」特集。

その記事の一つで、若い世代に専業主婦願望が広がっていることについて、女性記者がこんなことを書いていた。

女子力が示す女性の役割に、さらによって立つことで、不安定化する社会を生き延びようとする若い世代の姿が見えてきます。それ以外のサバイバルの方法が見いだしにくいからです。

www.asahi.com

たしかに私が通った中高一貫の女子校には、将来の夢はお嫁さんって女子が掃いて捨てるほどいた。

ABCクッキングに張りきって通ったり、鏡を見つけるたびメイクをチェックしたり、男の前で声や態度がガラリと変わる同級生たちを(大学時代は大っ嫌いだったけど)本当に尊敬してる(いやマジで)。

だって彼女たちがやっていることは全部、お嫁さんっていうゴールにたどり着くため(=サバイバルするため)のまっとうな活動だと思うから。

じゃあ「それ以外のサバイバル方法」の一つは、仕事で成功することかもしれない。

「脚本家になりたくて会社をやめた」倫子の目的もこっちのはずだ。

なのに周りの結婚ラッシュに焦って、「あれ?もしかしてこの波、私も乗らなきゃだった?」ってとりあえず目の前に現れたもこみちを選んだら、そりゃ後ろめたくもなる。

 

恋人ができる。結婚する。子どもができる。

それだけが女性のゴールや目的じゃないと思う。

仕事を頑張ることだって目的でいいし、人それぞれいろいろな目的があっていい。

倫子は、他人の目的を自分のそれと勘違いし(すり替え)てはいまいか。

たかだか小娘の戯言に見えるかもしれないけど、23歳の私はドラマを見ながら本気でそう思った。

 

 

...とまぁここまでは23歳の理想論・空想論。

ここからはもっとぶっちゃけた話。

本当はこの記事読んでビクついたりしてる。

30歳を超えて「いつか王子様が」と待っていたらやってくるのは「親の死」です。

ren-ai.jp

 

ドラマで何度も思い出してしまうシーンがある。

バッターボックスに立つ同級生たちの無様な戦いぶりを、倫子たちはベンチから3人でゲラゲラ笑って、自分はいつでも現役でいけると思ってて、けど気がついたらボールなんて全然追えなくなってた。

振るうバットはボールをかすりもしない。

 

この倫子たちといやでも重ねてしまうのが、私が尊敬する30歳(女)だ。

高学歴のハイスペック男と結婚、2年後に妊娠出産、子どもの小学校入学と同時に(時間ができたから)ネイルアートの勉強をして、2年後に自分の店をオープン。

そんな絵に描いたような同級生の日々をfacebookでチェックしながらゲラゲラ笑う。

仕事ができて、頭の回転が速くて、『anan』の占いでギャーギャー騒ぐその人と話すのはめちゃくちゃ楽しい。

 

ただ自分が30歳になった時、同じことしてるのって聞かれると言葉につまる。

その人は可愛いし、要領もいいし、今付き合っている彼とゴールインも目前だ。

けど、30歳の自分にそんな未来はあるんだろうか。

全然想像できない。

 

もう一つ印象に残っているのが、4話で不倫に浮気相手に彼氏無しの3人が、「○○こそ終わってない?」って言い合うシーン。

みんな「私は○○よりマシ」と思ってる。

本当に醜かった。

女子会は最高に楽しいけど、女の喧嘩はえぐいしめんどくさいし。

できるなら関わりたくないし、巻き込まれたくない。

当事者になったが最後、否が応でも自分の醜さを突きつけられる。

雨宮まみが「こじらせ女は自分よりこじらせてる女を見て安心する」って言ってたのを思い出した。

なにも今ここで思い出さなくてもって感じだけど、正しい。

 

今(5話時点)の倫子たちが怯えているのは、無数いる誰かの視線や、無言の圧力だと思う。

これって別に倫子の被害妄想とかじゃなく、見えないけど確実にそこに漂っててる何かで。
それにビクついてると、同時に「行き遅れ」「仕事がんばっちゃったんだね」「かわいそう」「痛い」って思われたくないっていう焦りが出てくる。

 

乃木坂46橋本奈々未でさえ、ブログでこんなことを言ってた。

わたしは結婚願望なくしがちだから、積極的に結婚式に参加して行き遅れないように頑張ろうと思う。

blog.nogizaka46.com

「結婚願望なくしがち」はよくわからんけど(結婚願望ってあったりなかったりするのかな)、トップアイドルでさえ行き遅れに怯えてんのかまじかーってなった。

 

高校卒業でようやく解放されたと思ってた「空気」は、多少は薄くなってたけど大学にもたしかに存在していた。

社会人になってこれで本当に自由だー生きやすくなるぞーって思ってたら、そこにはもっと濃密な世間って空気が漂ってた。

 

「女子力」だったり「呪い」だったり。

いろんな言葉で語られる、世の女性を縛る何かに、ビクつきながら生きてく。

https://www.instagram.com/p/BKvdM8LAdOC/

2016.09.24 めでたしめでたし。

盲目の恋をしたっていい(楽しいし)
仕事をがんばったっていい(楽しいし)
芸能ネタ詳しくったっていい(楽しいし)

こう言ってほしいだけなんだけどな。

用途は結婚資金か、親の入院費か分からないけど、定期預金(月5万)を始めた私は
たぶん23歳。

3番目の鳥居をくぐって

2017年2月11日(祝・土)、人生初のお伊勢参りをしてきた。

この国をつくられた神様を祀る神社に、ガチ勢でもない自分がわざわざ建国記念日に行く必要ある?って思ってたけど、今は行ってよかったなって言える。

(金曜夜に前乗りして名古屋まで行ったのにけっきょく寝坊して神事は見れなかったけどね)

正月には土地神様のところに挨拶に行き、お盆には寺に墓参りに行く。

日ごろ神様仏様と対峙するのってこれくらいしかないし、そもそも神とかは信じてない(100歩譲ってお腹痛い時に神様助けてって祈るくらい)。

伊勢神宮へ行くと生まれ変わるとか、全然気分が違うとかいう人の話ももちろん信じてこなかった。

けど、そう感じてしまうきっかけみたいなものがあるんじゃないかと、今日行ってみて思った。

例えば、木々に囲まれた場所や、川近くの気温がいくぶん下がるのも、風が吹けば木の葉や枝がザワザワとなるのも当たり前だ。

ただ、もし今自分がいる場所を「日本という国をつくられた天照大神が祀られている神社」と考えながら参道を歩いたら。

ふと目線を上げた瞬間や、鳥居をくぐった瞬間に吹いた風に意識を持ってかれたら、それを何かの「サイン」として受け取ろうとするのは簡単な気がする。

山登りやバードウォッチングが趣味です、みたいな人ならそんな現象気にも止めないだろけど、都会で暮らしている人ならコロッと「神」の存在を捉えた気になると思う。

 

こんな不謹慎スレスレの会話をしながら参道を歩いてた。

最高気温3℃の今日は、ウルトラライトダウンのロングを着ても寒い。
f:id:srwtri:20170212233209j:image

参道には樹齢400年を越す大木が点々と生えている

別宮がありすぎて小銭を使い果たし(だって外宮と内宮あわせて10もある)、100円玉の出番が巡ってきてたところで、最後に風日祈宮(かざひのみのにや)を参拝して帰ることにした。

メインの参道から少し離れたところにある宮に参る人はあまりいないようで、しんとした空気のなか、静かに人生によい風が吹くよう祈った。

橋を渡って再び参道に戻ってきた時に、友人が一言。

「なんかスッキリしたね」

たしかにその通りだった。

別に体が軽いとか、世界が澄んで見えるとか、そんなスピリチュアルな話じゃない。

まず伊勢神宮までの道中で考えてた、三代目のコンサートのせいで1人1万円もするホテルに素泊まりしたとか、明日は日曜日だもう休み終わりかとか、そんな小さなモヤモヤがどうでもよくなった。

で、もっと長い目で考えなきゃいけないもの(これからどうしようみたいな)の全貌が顕れた、って感じ。

救いようがないほど漠然としてて、自分でもどう表現したらいいか分からないんだけど、これはきっと健康とか幸せとか人間誰もが望む根本的な願い事を唱えていたからな気がする。

 

玉砂利の鳴る音と参拝者たちの声に囲まれて感じたのは、自分が「大衆」と呼ばれるものの一部だってことだった。

老若男女、日本全国から集まった群衆のひとり。

初めてデモに参加した時にも「大衆」を感じたけど、今日のそれとは似て非なるものだった。

あの時は「安保法案反対」の意思を示すためというより、デモに参加することに目的があったからか、大衆を「見た」という感じだった。

じゃあなんで伊勢神宮では「一部」と感じられたのか。

それは自分がその他大勢と同じように、神に自分の願い(念)を聞いてもらうという目的があってそこにいたからだと思う。


f:id:srwtri:20170212231142j:image

おかげ横丁は大衆のおかげで大繁盛 

内宮が建てられて2000年、外宮は1500年。

江戸時代には、おかげ参りにやってくる人々をもてなすために伐採を繰り返し、神域の森林は禿山同然になってしまった。

年間600万もの人々を五十鈴川の対岸から内宮へと送り届け、他の宮と同様20年に一度の建て替えられる宇治橋の板は、磨り減って数センチ薄くなっているという。

この2つのことが示すのは、それだけ多くの人が伊勢神宮に来たということと、永い間人々がそこに祈りを捧げ続けた(念を送り続けた)ということだ。

伊勢神宮に蓄積された人々の念を「神」というなら、信じてもいいかもしれない。

そんなことを思った伊勢詣りだった。

 

祖父母のこと

自分でも驚くほどカタカタとキーボードを叩けたのは、きっとニュースとかで聞き慣れている、読み慣れていることだらけだからだ。

あまりに典型的、テンプレ通りで金太郎もびっくりの祖父母の話。

けっして最近どちらかが他界したわけでも、寝たきりになったわけでもないってことを断っておきたい(だってさっきまで一緒におせちとお寿司を食べてたし)。

唐突に書かなければと思ったのは、年末に見た『スクラップ・アンド・ビルド』の影響か。

痴呆の進行は容赦ない。

今日より明日のほうが悪化するし、どれだけわかりやすく教えても子どものように学び成長してくれることはない。

手からこぼれ落ちていく「今」を少しでも長く繋ぎとめておくには、どうすればいいだろう。

 

今日は1月2日、私は祖父母の年賀状作りを手伝っている。

年始の『筆まめ』との格闘は、気がついたら始まっていた正月の恒例行事だ。

料理から掃除から物書きまでなんでも祖母に任せるようになった祖父の筆圧はないに等しい。

宛名書きから挨拶文まで、便利?ツールに頼るしかないのだ。

盛大な舌打ちとため息で埋め尽くされた、決して治安がいいとは言えない部屋。

ソファーに座る祖父は、「自分の歯が恥ずかしい」とベテラン歯医者に言わしめる、80代とは思えない完璧な歯並びで、お年賀の干し柿を食べている。

祖母はせっかくあいうえお順にまとめた年賀状の束をほどいていた(慌てて止めに入る母)。

「これもいずれは笑い話になる」みんなそう思っているけど口には出さない。

その話をする席にきっと祖父母はいないからだ。


気がついたら始まっている痴呆は、その家族の生活スタイルを大きく変える。

例えば母は平日と週末の2回、往復2時間かけて祖父母の家へ通っている。

祖父母は歩けないとか、身体に何か問題があるわけではないから介護ではない。

でも「お手伝い」というには貸す手が多すぎる。

すぐに物を無くすから、母の滞在の半分以上は捜しものだ。

クレジットカードも保険証もメガネも家の鍵も財布も、何回なくしたかわからない。

買い物のダブりもすさまじい。

毎度欠かせない冷蔵庫チェックでは、腐ったものを捨て、ダブった野菜やハムをありがたくもらって帰る。

この間は2台目のカラオケマシーン?を買うとことをすんでのところで阻止した(1週間前に買ったことを忘れていたのだ)。

父方もそうだが、耳が遠くなって年々テレビの音量が上がり、聞き返す回数もだいぶ増えた。

にもかかわらず補聴器は絶対付けないと決心しているらしく、母は声を張り上げては咳き込んでいる。

これまで5年に1度くらいしか帰国しなかった、海外で暮らす母の弟も祖父母の痴呆が始まってからは半年に1度は2週間超の休暇をとって様子を見にくる。

祖父母は駅からバスで20分のところにある3階建の1軒屋に二人暮し。

車が欠かせない場所だが、運転免許証は祖父が事故を起こしかけてようやく取り上げた。

けど愛車のクラウンはまだ車庫にあるし、時々徒歩5分のコンビニに車を走らせているらしい。

 

まさかあれほど切れ者だった祖父がこんなにボケてしまうなんて、6年前の私は想像しなかっただろう。

ステーキの付け合わせのニンニクは絶妙の焼き加減で仕上げ、トンボや蝶を一瞬で捕まえ、時計もその辺で拾ってきたマシンも、魔法みたいにあっという間に治してしまう。

なんでも器用にこなす人だった。

(あれ?もっとすごいと思ったことがあったはずなのに思い出せないな)

そのくらい、この頃の祖父はボケてしまった。

 

ある理由で私は高校3年の受験期を、母方の祖父母の家で過ごした。

塾で夜11時頃帰る私を、9時には寝る祖母はいつも起きて待っていてくれた。

不登校だった私を、祖母は毎日のように駅まで車で送り届けてくれた。

今日は学校じゃなくて図書館で勉強するといった私を何も言わず送り出してくれた。

唯一祖母に怒られたのはあまりに勉強をしないことについてだった。

高校の英語教師だった祖母はなんでも笑い飛ばす豪快な人だけど、私が受験をなめていたことにはさすがに業を煮やしたんだろう。

(そういえば、唯一祖父に怒られたのは朝風呂だった)

中高の部活動も、大学受験も、就職活動も、全部適当に、中途半端にやっていた私に、祖父はいつも将来について聞いてきた。

どんなことをしたいのか、今年はどんな年にするのか、今の仕事は楽しいか。

そして自分がどれだけ家庭をないがしろにして仕事をしてきたかを話して聞かせ、最後は必ず祖母への感謝で締めくくられた。

ここで「きっと祖父はこんなことを伝えたかったんだと思う」とか書けばいいエントリーになるんだろうけど、別に読ませたくて書いてるわけじゃない。

伝えたいメッセージをそれとなく話に織り交ぜて話すって難しいし、たいていそういうのは受け手が勝手に解釈してるだけだと思う。

ここに書いてあることは私にとってすべて事実で、読んでほしい相手がいるとすれば、それは将来の自分だ。

祖父母が他界した時、二人の家がなくなる時、自分が今の母と同じ立場になった時。

こう思っていた自分を思い出させてあげたい。

 

祖父母の家に見事なミモザの木がある。

早くも今年の蕾が膨らみはじめていた。

庭一面が黄色く染まるほど「咲き誇る」その花が私は大好きで、毎年写真に納めるのだけど、納得のいく1枚が撮れたことはない。

そういえば、あの家を出たときも黄色い花束を抱えていた。

 

さるみ。さん(@srwtri_)が投稿した写真 -

忘却か息切れの2択しかないのか

オスプレイが事故の説明なしに飛んだり、カジノ法案が可決されたり、梅毒が流行したり、毎日ニュースは絶えない。

SMAPは結局紅白出るのかわからないし、本当に成宮くんは引退しちゃったし、逃げ恥の契約結婚を本気で嘆いてるおっさんたちがいる。
この国はどうやら「ヤバい」らしい。

ただ、「日本がヤバい」みたいなことって、自分が小さい頃(せいぜい15年前)からずっと言われてて、「この国はヤバいんだ」っていうことは、いわゆるゆとり世代はみんな感じてることだと思う。
で、こういう話をすると、すぐにバブル体感世代とそうじゃない世代で分けて語ろうとする人がいる。
そういう人たちはすぐ10年単位や、生まれた年代に名前をつけたがる。
言わせてもらうと、そうやって語られてきた「失われた10年」はいつの間にか「20年」に修正されて、それを言いたがる人たちは言い得て妙みたいな顔ができなくなってきてるんじゃないか。
この時点で困った顔をしてしまう人は、世間のスピード感についていけてない証拠だと思う。

今年の漢字も、検索ワードも、流行語大賞も、全部「うーん」って感じだった。
何せいろんなことが起きすぎた。
安保関連法の施行に電力自由化熊本地震SMAP解散から芸能界の結婚ラッシュと不倫ラッシュ。怒涛の1年だった。
冒頭にあげたことだって相当な事件だけど、きっと一ヶ月後にはみんなすっかり他のニュースに気をとられているだろう。

それでも、この国で生きていく以上考えなきゃいけないことはある。
ここで冒頭に戻る。
果たして本当に日本ってヤバいんだろうか。

『逃げ恥』の後に流れたテレビ番組の告知で、池上さんがいつもの調子で「日本が危ない。」みたいなこと言っていた。

警鐘を鳴らすのは、メディアの役割なのかもしれない。
もし「日本は大丈夫」なんて言ってしまったら、調子のいい我々日本人はきっとそれを鵜呑みにして、国や政治に興味を持たなくなるだろう。
メディアが、または池上さんみたいな人が警鐘を鳴らし続けることで、心配性な日本人はようやく危機感を持つようになる。
政治や経済をチェックして、自分の国についてアンテナを張るようになると思う(もしかしたらマツコみたいな人が発言しても、効果はあるかもしれない)。

ミーハーで、ゴシップとツイッターが大好きな日本人は、なんでも信じたがる。
流行り物に対してすぐ「〇〇亡国論」を論じたがる日本人のことだ。
日本が危ないとか煽られれば、すぐに影響されてそれについて考えるようになるんだと思う。

(余談だけど、日本人の亡国論好きってのはこの記事が面白かった)

同時に物凄く忘れっぽい日本人は、コンスタントに煽られないと、すぐに他のこと(たとえば福山がパパになったとか)に頭を持ってかれちゃうんだな。

忘れたくない、いつも考えていたいし追いかけていたい。

尽きない理想を追いかけるには、TLを流れるニュースは多すぎるのかもしれない。

芸術家の皮を持った女、あるいは夢見がちな異邦人

おそらく人生初の、ダリ展へ行ってきた。

なんとなくだけど、ダリはミュシャについで日本人が好きな画家なんじゃないだろうか。

その証拠に、会期最後の土曜日は午後3時の時点で40分待ちだった(そしてその1時間後には70扮待ちになってた)

半年ぶりに会った友人と積もる話をしながら牛歩すること30分(予想より短く済んだ)、ようやく入ることができた。

壁にある挨拶や開催の経緯みたいな説明をすっとばすと、目の前にインスタ映えする件の鼻が。

どうやらショップを出たところにあるらしく、写真を撮るための行列ができていた。

この作品が『メイ・ウェスト』だってことを翌日まで覚えていられる人がどれだけいるだろうか。

鼻を横目に第1章へ。

彼が美術を習い始めた頃の作品は色使いが優しい。

ダリといえば赤と黒といった原色の印象が強いが、それは視覚効果を狙ったものなんだろう。

その色がどんな印象を与えるかということをダリは知っていて、その感覚はこの頃身につけたんじゃないだろうか。

 

初期の作品は割と描写が正確というか丁寧な絵が多かったが、《聖十字架祭のためのポスター》は違った。

描かれた黒人の女性3人は、みんな体がクニャクニャしてて、立体感のないべた塗りだった。

その後、第2章に出てきた《アス・リャネーの浴女たち》に描かれた女性たちを見て、彼は体をデフォルメするのが上手なのではと思った。

印象派の話になるが、彼らの作品を見ていつも思うのは、なぜ絵を見てそこに書かれているものが◯だとわかってしまうだろう、ということだ。

木だったり、人間だったり、花だったりするそれは、もう少しぼかせば空や草原と一緒になってしまい、何だかわからなくなりそうなほどデフォルメされている(◯だとわかるぎりぎりのシルエットを描いている)のだと思う。

ダリの女性は別に輪郭がぼかされていたわけではなく、半円と丸でできていて分解すればただの記号になってしまうような不思議な姿をしていたが、ちゃんと女性だとわかる記号だった。

それと同じ原理を使い、例えば《幻想的風景》の鳥でできた顔や、《消えるイメージのための習作》のような人のシルエットと背景でできた顔を描いたんじゃないだろうか。

また第2章の、ダリがキュビズムシュルレアリスムに出会い、ピカソの真似をした作品(とくに《横たわる女》なんてもろピカソの絵だった)を多く発表していた頃の作品は、彼の模索の時期を見ているようで本当におもしろかった。

が、第3章以降のダリ節全開の作品はもう1つ見ただけで満腹。

ここからって時に、一体自分はどうしてしまったのだろう。

派手な色使いも、グニャグニャの時計も、「これぞダリ」と思っていたのに、なぜ「だまし絵展でも行けば」なんて気分になってしまうんだろう。

「プリントで十分」なんて思ってしまうんだろう。

 

イライラを抱えながら人混みをかき分け、アニメーションを上映する部屋まで来た。

不思議な構造の建物や、ダリそっくりな男の頭だけの山車が出てくる、1950年頃作られたという映像を見て、彼はテーマパークを作りたかったのではないだろうかと思った。

思えばダリ展へ行く前に、スペインのダリ美術館へ行った先輩の話は最高にワクワクするものだった。

美術館を囲う塀の上には卵、淡い赤色の壁にはパン。

館内の至る所に顔に見える仕掛けが設置され、ダリワールド全開。

主張が強すぎて四方八方からダリの視線を感じてしまうくらい。

 

きっと私はあのダリワールドに浸かるつもりで展覧会に足を運んだのだ。

けど、申し訳程度に塗られた展示室の壁の赤と、ショップの壁の上の方に卵を張ったくらいで浸かれるような世界ではなかったのだと思い知らされて、ガッカリしたのかもしれない。

だから「記念にメイ・ウェストの部屋で写真とってインスタにあげて、『君の名は。』で瀧くんがデートで来たとこだよ!とかコメントして、マグリットとかと似てたよね~とか感想言い合って。

なんならだまし絵展にでも行ったら?」

とか思ってしまったのだろう(ってことにしとこう)。

(FYI: ダリミュージアムGoogle マップで館内を散歩できて楽しいぞ)

シティボーイの教科書が心配だ。

まず言わせてほしい。

「大丈夫か、ポパイ。」

2年くらい前から、『ポパイ』が『サンドイッチと......。』とか、『POPEYE特別編集 シティボーイの東京グルメガイド』とか出して、なんちゃってグルメ雑誌になりつつあることを心配していた。

2016年もコーヒーとセーターがどうとか、弁当がどうとか、迷走もいいとこだ。

シティボーイたちをいったいどこへ連れて行きたいんだろうか。

 

2015年を思い出す

たしかに2年くらい前から、世間は食に夢中になった(スーパーフードもそこに入るのだろう)。

自分の経験則で語れることで言えば、大学生の食にかけるお金は異常だった。

いいもの食べたらインスタ載せて、かわいいもの食べたらインスタ載せて、、、

どっから金出してんの?
大きいお父さんでもいるの?
じゃあ男子は?ヒモ?

かく言う自分も、2年くらい前に某SFC出身(当時は現役)のフードブロガーを夢中になって追いかけていた。

独特の文体と学生とは思えないその食の経験値(ここには高級フレンチからパピコまで含まれる)で、カルチャー雑誌から引っ張りだこになり、それに付随するサブカル女子たちはこぞって彼女の真似をした。

 

そして、2015年の2月にブルーボトルコーヒーが上陸して、「コーヒー=おしゃれ」って図式が生まれた。

以下はご存知の通り、上はちょび髭ウェリントン眼鏡の七三黒髪、足元がグレーのスウェットとニューバランスのサードウェーブ系男子が町中に氾濫。

それが「上質な暮らし(笑)」って言われるようになって、アパレルブランドはこぞって「ファッションだけでなく、ライフスタイルを提案」した。
なんだかこういう文章読みすぎて滑るように出てくるな...

就活の企業研究は、どこもまったく同じ文言しか書かれてなくてうんざりだった。

かといって「人と違うことをしたくないか?」みたいなことが書かれたベンチャーに行きたいと思ったわけでもない(だってベンチャーも同じ文言しか書かれてなかったし)。

一時期(今もだけど)ニューカマーミュージシャンを紹介するときの「独自の世界観で人々を魅了」って文言のまったく魅了されない感じと一緒だ。

アイデンティティもクソもねぇ。

 

秋は話題が少ない

『ポパイ』の話に戻る。

この間まではグルメ特集に対しての心配だったけど、いよいよそれ以外の特集にも疑問を抱き始めてしまった。

そう、12月号の『僕の好きなアート』。

芸術の秋?笑

やめなよ。展覧会って1年中やってるんだよ?

内容にも驚いた。 

著名人をかき集めてお気に入りのアーティストについて書いてもらう、

 

 ....ってこれ何ページあるの?

どんだけ読ませるの?飽きるわ。

僕らのためにこれだけの人が書いてくれるんです、って友達コレクションを見せられた気分だ。

せっかく『Casa』とか『Brutus』とか素晴らしい雑誌が同じ会社にあるんだから、ゲストエディターとか迎えるなりすればよかったのに(ポパイのプライドが許さないのかもしれないけど...)。

 

 

雰囲気は文字から醸す

写真はアート特集の告知だ。

シティボーイが好きそうな、雰囲気ばっかりで意味がまったくわからないポパイ調の文言が並ぶ。

「好きならそれでいいじゃない??」って、誰が何を好きなのか。

ここまで書いて、去年なんとなく買った本の存在を思い出した。

マガジンハウスから出ていた少女?向け雑誌『オリーブ』について書かれた、酒井順子の『オリーブの罠』だ。

読者に謎のフランス人「リセエンヌ(もといオリーブ少女)」を夢中で追いかけさせた伝説の雑誌は、いまの『ポパイ』と通じるところがある。

もともと『ポパイ』では、その読者のことを「ポパイ少年」と称しておりました。雑誌名+「少年」「少女」と呼ぶことで、読者の中に雑誌に対するロイヤリティーを醸成するというのは、平凡出版の得意な手法であったと言うことができましょう。

 とあるように、いまのシティボーイたちもこの手法に踊らされてるんだろう。

 

もちろん迷走のなかにも「それだよそれ」ってのはある。

11月号の『マッスル・ボーイ!』とか、1月号の『ガールフレンド』とか。

11月は「スポーツの秋?笑」とか思ったけど、こっちの方がよっぽどポパイらしい。

ポパイに振り回される哀れなシティボーイ崩れたちは、ギャラリーで右往左往するより、筋トレして汗水たらしたほうがいい。

 

以上、インスタで「トーキョーシティガール」を名乗っていた黒歴史を持つ女がお送りました。