さるみブログ。

自意識の墓場。若気の至りと思ってください...

〇〇先生、読んでますか。

雨宮まみさんが亡くなった。

とか、はてな界隈がざわついて、私ははじめて雨宮まみという女性を知った。
よく周りから「お前こじらせてんな」とは言われてたけど、私はその語源とか定義とか全然知らないまま「あ、私はこじらせてんだ」ってわりととストンと受け止めてた。
ってことで、今になって初めて彼女の文を読んだわけだ。最初に読んだのは雨宮まみの『弟よ!』の「着る快感」だった。もうただただうなづくことしかできなかった。今ではだいぶマシになったけど、高校、浪人、大学時代の私は本当に自分が大嫌いだった。コンプレックスの塊だった。
 
私はブスなんだ。
綺麗な服を着る資格もない。
自分の体型が嫌い。
おしゃれになりたい。
おしゃれだって言われたい。
誰にも見られたくない。
などなど...
 
話が脱線した。雨宮さんの話だ。
キキララの服が似合わない事実、赤い服を着たクラス一かわいい女の子、この2つが彼女を長いこと縛りつけていたらしい。ぶっちゃけここまでは、「ライターになる人って小さい頃のこと覚えてんだな、やっぱちげーな」とか「ネタとしてこういうことまで引っ張りだすんだな」とか思ってた(ごめんなさい)。でもね、考えてみたら自分も相当小学生の頃の思い出を引きずってることに気がついた。ってか思い出した。から、書く。
 
中学受験のために通った1対1の個別塾で、私は〇〇先生という男性に算数を教わってた(別に国語でもなんでもいいんだけど)。なんのたわいもない会話をしていたんだと思う。私が言った一言に対して先生が「それ違うよ」って言った。ムッとして頬を膨らませた私に、先生が言った。
 
「それ、かわい子ぶってるつもり?」
 
頭が真っ白になった。「え、なんでこの人わたしをこんな目で見てるの?」生まれて初めての衝撃、ショックを受ける、という経験だったと思う。しばらく何も考えられたかったことだけは覚えてる。確かに小学校時代の私は鼻の潰れた歯並びガッタガタの、書き出したらきりがない。こんなのが自分の子どもだったらどうしようと思うほどのブサイクだった(今でも小学生時代の写真は見れない)。
大人になった今、もし自分に対して同じを言う男が周りにいたとしたら「あいつゆがんでんな」「性格悪いな、こりゃモテないな」「死ぬまでこの性格は直らないだろうな」「幸せになれないだろうな」とか、思える。たしかに思える。けど、小学6年生の私には無理だった。あの一言は私の脳に刷り込まれ、異性を意識するたびに必ず脳裏を横切るようになった。別にだから恋人ができないとか、モテないのを〇〇先生のせいにしてるわけでも、したいわけでもない。ただ、私の思考回路の節々には必ずあの一言がいるのだ。そして、それを雨宮まみの文を読んだことで気づかされたのだ。
以上