さるみブログ。

エモがほしい方はおかえりください

シティーガールって言わせて

父が出張中のため、珍しく朝イチで犬の散歩をした。朝、街行く出勤途中の人たちが傘を持っているのをみて、「ああ今日は雨が降るのか」とぼんやり思いながら帰宅。折りたたみ傘を革のリュックへ入れ、革ジャンと革靴で出勤した。

 

言いたいことはそれではない。自分の地元についてだ。
生まれて一度も離れたことのない地元は「街」ではなく「町」、もっと言えば「村」だった。23区にもかかわらず、小学校の前はついこの間まで畑だったし、誇れることと言えば特産品に扮したご当地キティがいること。給食には特産品を使った特別メニューがあったし、地元の和菓子屋が売ってる特産品を使ったまんじゅうはなかなかいける。

 

言いたいことはそれではない。「まち」という言葉についてだ。
ツイートには「町」よりも「街」を使いたい。ちょっと都会っぽい気がするから。だからそもそも地元のことはつぶやけない。「街」って書いたら嘘になる気がするから。冒頭で「街行く人」って書いてちょっと罪悪感。ささいなことを引きずって、地元コンプレックスが膨らんでいく。街に恋い焦がれながら、田舎に憧れてみたりもする。友達が夏休みは「田舎」に帰った、という報告を聞いて無性に羨ましかったのを覚えている。帰る場所が田舎と街にあるのは、かっこいい。

 

言いたいことはそれではない。自分の地元についてだ。
仕事は朝から晩までPCと向き合うため、平日の運動量が圧倒的に少ない。意識して出勤か帰宅のどちらかに一駅分歩いたり、歩道橋を使ったりする。この歩道橋、入り口が交番の裏にある。壁に貼られた指名手配犯たちと目を合わせながら、薄暗い交番裏から階段を昇る。小さい頃から思うのは、自分が誘拐犯だったらここを狙う、ってこと。文字通り「警察の裏をかく」のだ。犯人たちの顔は年々少しずつ変わっていくけど、歩道橋の登り口に対する感覚は子どもの頃から変わらない。

 

言いたいことはそれではない。「まち」という言葉についてだ。
私は「町」よりも「街」が、もっと言えば街よりも都市が好きだ。卒論のテーマはなんちゃって都市論だった。インスタのプロフィールが「トーキョーシティーガール」だったこともある。趣味は『POPEYE』に振り舞わされる上京組一人暮らし男子のインスタとツイッターをチェックすること。最近の『POPEYE』がなんちゃってグルメ雑誌になっていることを本当に心配するくらい、あの雑誌をシティボーイのバイブルとして愛読していた。でも、私が住んでいるのは町だし、オフィスは街にあるけど半分外国だし、今月の『POPEYE』がアート特集だと知って「芸術の秋(笑)」って鼻で笑ってるし、ギャラリーを浮遊するシティボーイに過剰反応する自意識過剰野郎だ。

おわり。